ikedayo! blog

元フリーライターの池 紀彦が気になる何かのお話を書く場所

1年ぶりに書いたのは昔のPC変遷 feat.勝間さん part.1

ということで久々に起動w

発端は勝間和代さんの以下のブログ記事が面白かったので同じのやろうとインスパイアされてみたわけ。

katsumakazuyo.hatenablog.com

 

ということで俺のPC歴史。

 

最初の出会いはぴゅうたで多分小学校低学年時代。父方実家の新潟の家の近所にあった町の電気屋にて遭遇。大層感銘を受け(ゲームに)、おねだりしたがおねだりはかなわず。

 

その後、1年以内くらいに同様の父方実家の新潟の家にPC-6001mk2が導入された。ゲームソフトも何本かあったが、当時のメディアはカセットテープ。んでもってPC知識皆無な子供と老人だからそもそもソフトを起動する方法が分からない。パケ裏の説明見ながらコマンドを入れるんだけど、"CLOAD[RETURN]"の[RETURN]の意味が分からない。キーボードで必死にCLOADRETURNとか入力するんだけどそらうまく動かないわな。色々試行錯誤の末に無事カセットのロードを開始した時は感動したなぁ。

当時のパッケージソフトは実は全部今でもうちに保存してあります。なんなら家に帰ったら3分で写真撮って公開できるくらい近いところにw、ソフトは時代を感じさせるしょぼいものも多い中、なんと、電波新聞社「TINY XEVIOUS」初代をちゃんと買ってた俺すごい。いやジジイすごい。TINY XEVIOUSはPC-6001mk2の制約からBGMを流しながら画面描画が不可能と悟ったのか、残機xx機、ステージ1みたいな画面が表示され、そこであの有名なBGM「ぱーっぱぱらぱらっぱ…」が流れるという作りになっていて、のちにFC版ゼビウスでスクロールしながら例のBGM流れるのを見た時はかなりの衝撃を受けた。

 

そして、上記は全て新潟の祖父宅の話だったが、我が家に初めてやってきたパソコンはMSXだった。確かHITACHI製。一応RAM64KBのMSX的には最高スペック。小学4年生の頃。

元々は父が音楽の打ち込みなどをやるために買ったようなのだが、仕事に結びつかず、結果的にこちらに降りてきた。そしてこの1台が自分の今を決めた1台だったりもする。こいつでやったのはゲーム(カセットテープ)、ゲーム(ROM)、ゲーム(打ち込み)。当時、謎の会員制ソフト販売サービスに加入しており、年会費1,000円(うろ覚え)、ソフトを市価の10分の1で購入できるという非常に魅力的なサービス……ってもうお分かりと思いますが単なるコピー屋ですありがとうございます。しかもカセットテープなのでダビング。当然品質は非常に悪く、読み込んだデータが化けてゲームが途中でエラー吐いて止まるというなんとも笑える状態の物が全体の9割。安かろう悪かろうとは正にこのこと。「続・黄金の墓」などはクリア直前まで進めたにもかかわらず、結局このロード失敗地獄に阻まれクリアできずに終了。

ゲーム打ち込みは最初のうちはMSXマガジン、BASICマガジンから。後にMSX Fanへと移っていく。当時の自分にとって当時(1986~1987年)のMSXマガジンは難易度高すぎだったしBASICマガジンはプログラムがあんま魅力的じゃなかったのに対して、MSX Fanのゲームはどれも打ち込みなのに面白そうなのばっかりだったから。更に1行プログラムみたいなコーナーもあったりして結構色々打ち込んだ。そして更に打ち込んだゲームのタイトル変えたり、自機の移動速度変えたり、弾の速度変えたりとか変数をいじる改良を覚え、そこからどんどん自分で組むようになっていく。高校入学のタイミングで買ってもらったのが当時最新のMSX2+Panasonic A1WX。MSX2以降になるとプログラムの保存もゲームもFD提供になって、色々捗った記憶。とはいえ結局中学くらいから開始した自己流プログラミングは中高6年続けたが、最終的にはZ80アセンブラで躓いてしまったため、そこで終了してしまう。この壁を越えられていたら今頃は確実に違う人生歩んでたと思うけど、越えられなかったものはしょうがない。

 

高校時代の出会いとしては、FM-TOWNS(学校所持)、PC-8801mk2SRの派生機(先輩所持)、PC-9801RX(同級生所持)、X1もなんかありましたよね?とまぁ色んな環境に触れられた事。大事なPCゲームは全てこの高校3年間で教わった的な。PC-88版シルフィードPC-98ソーサリアン、スタートレーダーなどなど。そのまま大学は千葉工業大学情報工学科2部に進学。

 

こんな経歴から情報工学科に進学したにもかかわらず、ここで一気にPC熱が冷め、代わりにアニメ/マンガ熱がかなり熱くなってしまう。1992年は大学行きながら半年アニメーターやって過ごしたり(単価100円、月額最大5,000円しか稼げず挫折)、その後は大学のサークルでアニメ作ったり、同人誌作ったりと全く異なる方向に進んでしまう。大学は当然出られず中退したのが1996年。この頃うちにあったパソコンは先ほども登場したお古のMSX2+のほかには、人からおさがりで貰ったPC-9801RXとMacintosh LCIIのみ。1996年はまた、一人暮らしデビューと同時に、PC-9801RXに2400bpsのモデム繋いで身内の草の根ネットに繋いでネットデビューした年でもある。エヴァ放送開始の年でもある。

 

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※最初の一人暮らし時代の電話は東京デジタルホンの携帯電話でした、という余談w

そんな俺の転機は1997年。大学の肩書だけでソフトウェア開発会社に入社してしまうのだ。そこで出会ったのがWindows NT4.0(beta)とWindows 95Visual Basic 4.0…

 

ということで次回に続くw